終戦記念日と遺品整理屋が考える孤独死
僕は戦争を知らない世代だ。
僕は戦争を知らない遺品整理屋だ
けれども
沢山の御客様から
戦争当時の話を普通の人より聞ける仕事をしている
現在の孤独死や孤立死に明確な定義あるわけではない
死期、数日経ち発見が遅れると孤独死と言う
傾向もあるように感じている
メディアやマスコミが伝える影響も強い
孤独死のイメージはここで作り上げられている様にも感じている
どこか
寂しげで、無念さや後悔と言うような陰を感じさせ
亡くなった人達は
悲しみを背負って朽ち果てて行くイメージだ。
しかし
僕は声を大きくして叫びたい
孤独死の様に見える人の
全てが孤独では無く死んで行っていると言うことを
これは、後日、ドキュメンタリー映画にして伝えたい
現代の人達に自分の死のイメージをする人達は少ない
僕は、そう感じている
だから
死期の発見が遅れるのでは無いかと思っている
自分の死へ対しての不安は植え付けられているけれど
自分の死への危機感が無い状態だ
自分の死への危機感が無ければ
死後、発見が遅れることは多くなる
当たり前だ
自分は死ぬつもりではなく死んでしまっているのだから
遺品整理屋の僕が
多くの戦争体験者から聞いた、お話で
僕なりに行き着いた本当の孤独死は
こんな人たちだ
戦時中、特攻を余儀なくされた人
又は
戦時中、餓死して行く人達
戦争の犠牲者だ
本日は
特攻隊で命を落とされた人にフォーカスしよう
これは、多くの戦争体験者から聞いた話を
僕なりの視点で孤独死を考えてみたことだ
彼らは
親族にも自分が特攻に行くことを伝えないと言う
一人親を残す者もいれば、幼い子供を残す者
婚約者を残す者、親友を残す者と色々だ
自分が特攻で帰らないことを知りつつも
全てを飲み込み
日本に住む自分の愛する人が
占領軍に支配されないようにと命を捧げる
特攻の日が決まり、全てを自己の中で決別する
そして
叫びながら敵艦隊に突っ込んでいく
僕は、思うんだ
この飛び込む前、飛び込む間の数分
本当の意味での
孤独を感じていたのでは無いかと。。。
孤独死とは
全てに決別して亡くなって逝くのでは無いかと
人と決別して
モノと決別して
想いでと決別して
感情を殺して
無念のなか亡くなって逝く
現代の孤独死は。。。
発見が遅くなったから孤独死と定義しているのであり
本当の孤独死では無い
僕が作業する人のお部屋に
沢山の事やモノに決別した形跡は見当たらない
現代人に死を覚悟している人は少ない
そして
僕は未来の子供達に
戦争と言う体験をして欲しくはなく
戦争体験者として歳を重ね
語り継いでは欲しくはない
広い海に広い空に孤独と言う爆弾はいらない
争いの爆弾など無用だ
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