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死は生の師

日記。。気付いたこと

今の世の中は人の死が遠くにあるように感じる。

多くの人は病院で死を迎え、死者との時間を区切りられ

部屋までもが区切られる。

僕が感じるのは死者との過ごす時間が短ければ同時に

自分が生きる時間を軽んじてしまうか、死に対しての恐怖もまた

増強させてしまうのかも知れないと思う。

人は見えないものや経験少ない事は、想像し、

その想像は不安と恐怖で支配されるからだと思う。

そして、多くの人は、何かに意味を求める。

意味の無いものにも、意味を見つけ出し考え行動する。

ある意味、取り越し苦労だ(笑)

こんな言葉がある。

「死は生の師なり」

何となく、解る気がする。

僕達は誰かの死を目の前にして、自分が生きてることに気付くのかもしれない。

本当の意味での人間の死を知らなければ、生きていても

死んだような人になってしまうのかも知れない。

又、生きていても、自分の意思とは別で行動すれば

それは、ロボットの様になってしまっている。

それらに気付いても、抜け出せないのならば、

生きることへの違和感を感じて、心と身体のバランスを崩すのかも知れない。

心と身体のバランスを取り戻せれば、生きることが楽になる。

しかし、ロボットの様に生きる人、死を遠くに感じてる人に

これらの事を伝えても、なかなか、届かない。。

何故なら、伝えてる人が異常者になりがちだからだ(笑)

笑えない( ̄▽ ̄;)

何かの支配から逃れたいのならば、

今は多数決の意見でもなく、少数の話に耳を傾けて

立ち止まる事を進める。

本物は、非効率で、少ない。

そして、変わり者だ。。。