僕が生前、遺品整理屋な理由 No. 7

これは、過去に僕が書いていたブログを転送してます。↓↓


この頃、何時も頭にあるのは、集客と稼ぐこと
資金も後2ヶ月で底を付くどうすれば。。。
こんな事を考える毎日でした。

そんなとき、本屋さんで見つける、ある本が大きく
僕達を変えます。

その本のタイトルは「ランチェスターの法則」でした。
とにかく、読む事、全てが目から鱗、徹夜で読み込み
アンダーライン引いて、何度も繰り返し読み込みました。

そして、友人に力説しました。
友人は「良く分かんないけど」それで、行こう❗
と賛成、友人は咳き込みながら、営業エリアはたしかに変えた方が良いと
考え深く納得していました。

当時は、東京都武蔵野市周辺から23区で営業していました。
ランチェスターは僕達には、そのエリアではまだ早いと
告げていたんです。

僕が力説後、誇らしげにタバコを吸うと、ヘビースモーカーの彼が
あっちで、タバコ吸えとけちらされ、「煙草辞めた!」と
うながされました。

僕達は単純馬鹿なんで、煙草を辞めたとか、本で読んだ事や
勉強したことは、上手く言えませんが、尊敬に値するんです。

例えば、劣等感はありますが、高校を卒業してた、や
大学行った、就職して3年と、すげ~長続きしてんじゃん的にです。

自分に出来ない事は素直に尊敬してしまうんです。
俺も出来る何てさらさら思わないんです(笑)

そして、ランチェスターに習って、横浜で再度、仕切り直し
私は単身赴任で、会社名も変えます「ブレイクスルー」不要品回収
とチァレンジする事になり、この日の友人は最近微熱が下がらない
とインフルエンザを早く治して、横浜で倉庫兼事務所を探しに行く
事にし別れました。

それから、毎日、横浜に通って市場調査に物件探し、約3週間掛けたと
記憶しています。何せ、他県、よそ者に、物件を貸してくれない、
ジレンマもありました。

こんな日がつづき、ある夜、友人が真剣な顔で1言
「俺、死ぬわ!」

僕は、「意味わかんねぇー」
「何故?そんなこと?」
問いただしました。

彼は「今直ぐじゃないから、とにかく、死ぬ前にお前に全てを教える」

僕は、「ん~。意味解らないσ(^_^;)?」

この時の友人の役割は転送の電話番、お客様への見積り、ポスティング
作業リーダーでした。実質的に業務の全般をこなしていたんです。
御輿の上の私は、彼無しでは何も出来ないのが現実でした(笑)

だから、死ぬ意味も解りたく無いんです(笑)

友人にどうして、そんなこと言うのか聞きました。
すると「咳が止まらず、血淡が止まらない」
「だから、死ぬ」

僕は、「インフルエンザじゃないの?煙草のせいじゃないの」

友人「煙草辞めたのも、からだが受け付けなくなつてた」
僕「病院行こう❗」
友人「もう、行って来た。俺もインフルエンザだと思ってた」
僕「手術すれば、いいんでしょ?その間はなんとかするよ仕事」
友人「肺と心臓の隣に親指位の腫瘍がある、放射線が当てられず開くの無理」
僕「でも、何とかなるんじゃねー」
友人「抗がん剤しかない」
僕「他に色々調べよう」
友人「俺は若いから進行が早いそうだ」
僕「聞きたくないけど、後どれくらい」
友人「早ければ3ヵ月」
僕「馬鹿な、嘘でしょ」
友人「俺達より頭が良くて専門家の診断(笑)」
僕「笑えないし、信じたくないね」
友人「俺だって死ぬ意味がわかんねーよ?」
僕「他の病院は?」
友人「あんだけ、でかけりゃ、言われる事は、かわんねーよ」
僕「それで、いいの?」
友人「良いわけ無いだろ、でもしようがねー」
僕「。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。」

言葉足らずは、頭緩い僕達はしょうがないけれど
この会話は鮮明に記憶しています。
彼の年齢は32歳 肺癌 余命3ヶ月
私は30歳でした。

彼は良く死ぬ前に言っていました。
「死ぬとどなるか、解らないから、死んだらお前に教えてやる」
「先に行くけど、お前の事、見張ってるからな」
「お前が駄目なら、化けて出るからな」
「もう1度、バーベキューいきて~な」
「俺が死ぬ前に、お前離婚しろ」
「あのよで、一杯、いいことするわぁ~」
「ごめんな。。。。。」

隣の僕は、一生懸命笑顔で。。。頷くしか出来なかった。

それでも、治る事は無理でも、1日でも長く生きる事の
出来る治療法が見つかった。
僕達には絶対手の届かない、天文学的な治療費でした。
貧乏人は治る権利が無いんだと知った。


一人で車の運転しながら、何度も泣いた。声上げて。

残酷にも、それでも、刻々と日は過ぎて行った