戦いたくないし、逃げたくない。。
久し振りに感じる投稿だ。(笑)
何かとバタバタしていた。
その間に、こんな話を聞いた。
その人が言うには、人生は短い、
だから後悔したくないと言う事だった。
何を後悔したくないのか聞いてみた。
どうやら、やりたいことが沢山あると言う。
じゃぁ~。それを実現させるために、やりたいことやれば
良いじゃないかと、子供みたいな事を僕は、言った。
出来る事と出来ない事が、あるらしい。
それもそうだ、もしかしたら、今の世の中の現実は
出来ない事の方が、多いのかも知れない。。。。( ̄▽ ̄;)
そして、これは、やらないことの理由で、言い訳であり
逆に言うと、良くできた、物分かりの良い、体裁、節度のある
大人に分類されるのかもしれない。
僕は、この人と違う考えだ!( ̄▽ ̄;)
僕に取っての人生は長過ぎる。
こんなことを言えば、僕は批判の的になるのだろう。
でも、正直に言う。
「僕に取っての人生は長過ぎる!!」
僕だって、人生は短すぎると感じていた時はあった。
でも、それは、外的要素で、そう感じていた様に感じる。
その年齢ごとに、若さが重宝されて、今しか出来ないとか
言われて、歳を取ることが、悪とは言わないが、
何か大事なことを後悔する事を悟らされる感覚で、急かされる感じだ。
今の僕は、何か欲する事が見付からず、こんな感じで、日々を受け止めている。
後悔した事も自分では折り合いが付いている。
何故なら、好きなことやって来た日々だったことに気付くからだ。
そもそも、一般的なルールを考えて生きていなかった。
だから、人が出来ないとか難しいと言う言葉は嫌いだった。( ̄▽ ̄;)
当然、まともじゃないと、その時には、思われる。
まともじゃないと判断される僕は、孤独にもなる。
理解者も極端に少なくなる。
でも、それらは、結果論だ。
結果はどうであれ、やりたいようにやって来たと思う。
そして、行き着く先は何時も、何だ!こんなもんだったのかと
気づかされる。
その時に達成されて、数日は、歓喜に震えるが、
そのうち、それに馴れて、こんなもんかとなる。
結局、その時の感情を味わえば、満足してしまう。
しかし、不思議なのは悲しみの感情は、中々消えない。
多くの人は、喜びの感情を味わいたいんだと思う。
その喜びの感情を味わうために、後悔したくないんだろうと、思う。
悲しみの感情を味わうために後悔したくないと言う人はいないだろう。
自分の後悔したくない人生を送るにも覚悟は要るんだと思う。
でも、本当の世界は覚悟しなくても、後悔しない人生はあるんだと思う。
人は何か見えないものの奴隷になっていて、奴隷が奴隷に監視されてる。
悲しいけど、その奴隷から開放されるには、2つの方法しか無い。
戦うか、逃げるかのどちらかだ。
このどちらかを選択したら、同時に悲しみが生まれる。
戦う人、逃げる人を尊重できる世界なら、悲しみも減るんだと思う。
そんな世界が本当だと思う。
尊重できれば、戦う事も逃げる事も無く。
そこに、いれば良いのだから、有りのままの自分で許される。
残念だが、今は自分が有りのままで居られる世の中には遠く感じる。
そんな、世の中を傍観してると、僕の人生が長く感じる。
何故なら、僕は、戦う事も逃げることにも疲れたからだ。
戦っても、逃げても、奴隷制度に戻されて、
戦っても、逃げても、自分の居場所は狭められて、
戦っても、悲しみは増え、逃げても、追ってくる。
そう考えると「僕の人生は長過ぎる。。。」
今は、小さい所でも、有りのままでの自分でいる。
そんな世界が広がれば良いとも感じるが、多くは望まない。
戦いたくないし、逃げたくないからだ。。。
そして、逃げても、逃げる事と戦う世の中は尋常じゃない!