読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

僕が遺品整理屋な理由。シーズン2ー1

*僕が遺品整理屋を続ける理由*


さて、あれから年月も経ち、

そろそろ、第2章を始めようかと本日、思い立った。

数年前に書いた内容はこちらだ。
joto5482.hatenablog.com

当時は、F2ブログを始め、毎回、書く事も無く

中途半端大王な僕は、1年間に数回しかアップしていなかった。

何故なら?

何を書いて良いか分からなかったからだ(笑)

しかし、自分の事を書き始めたら、筆が乗るとは、良く言った物だ。

すらすら、書けていた←かなり誤字脱字は指摘されたが(-_-;)

やはり、自分の事でもあるので、書きやすい。

しかし、僕の過去は決して、格好は良くないし

それ所か誇れるモノなど何もない。

何時だって、つまらないプライドで、背伸びして格好付けて

それでも、自分なりに頑張って生きていた。

今はどうか?だって?

聞こえてきたけど。

それは、これから進めるシーズン2を読んで、

あなたが、僕を判断してください。

ってか!

つーぅか!

これを読む人がいるのか?

って、所からだが。。。。。。

そして、これを読むにあたり注意事項を守って頂きたい。

         注意事項

① 前回のシーズン(僕が生前・遺品整理屋な理由)と
  内容が重複する事がありますので了承下さい。
      ↑
  記憶が曖昧なもですから。。。(-_-;)

② これを読んでも僕の人格を疑わないで下さい
      ↑
  赤裸々に書くことは、勇気が要るのです(-_-;)

③ 気軽に読んでください
      ↑
  本気で読む奴はいないか。。(-_-;)

④ 前回は後半は面倒で、かなり、はしおってしまった。
  なので、その辺のはしおった所も深堀しよっと
      ↑
  僕の独り言。。(-_-;)

それでは、行って見ますか。。。。。

はじまりの始まり。。。↓↓↓

当時、僕の時代は遺品整理屋。何てものは存在しなかった。

だとすると、今の時代は便利になったものだと我ながら思う。

遺品整理屋さんが居なかった時代はどうしていたのだろうか?

やはり、近所、身内、友達と周りの人達と協力していたんだと思う。

僕は、便利屋から不用品回収と言った経緯を辿って

現在は遺品整理専門としている。

何が違うの?と聞きたい人も要ると思うが

その内容は、かなり違ってくる。

具体的に言えば

相談内容と作業手順等がかなり違い

遺品整理は煩雑である。

そして、これらは経験の数によって対応の正確さが違ってくる。

おっと、行けない、こんな話はどうでも良い。

僕は西東京で起業して、鳴かず飛ばずのチンチクリンで

意を決して、横浜にやって来た。

毎年、この桜を見る度に、横浜に来たことを思い出す。

f:id:joto5482:20161121020409j:plain

この時は、ハイエース一台と段ボール箱1つに入る事務用品と

数枚の着替えと道具とはとても言えない工具が道具箱に入っていた。

f:id:joto5482:20161121021356j:plain

それでも、気分はアゲアゲ⤴

俺は一部上場でなくても、2部上場⤴

いやいや、
ナスダック何て心に大志を抱きながら横浜に来ちゃったのである。

友達。いない!

知り合い。いない!

何のつても。ない!

何たって、お客が。。。いない。。。。(-_-;)

しかし、広がる不安がこの時には無かった(笑)

僕が横浜に来て最初にアンテナを張ったのは

ラーメン屋に中華屋さん。

横浜はこの辺は、コト欠かさない。

所持金は何時も大体千円位。

この時の僕は、自宅は西東京にあるので

毎朝、ハイエースで通勤してた。

だけど、そのうち、所持金無くなるし、

家族には、見放されるし←稼ぎの無い自分が悪いのだが(T_T)

日に日に、ラーメンお預け、中華は来週って感じで

1、2日食べない日も続けていたんだ。

そんでもって、僕が始めに行動した事は。。。

集客活動!←あたりまえだ(笑)

この、お金が無い

もちろん、お金だけじゃないけど

無い!無い!どうしようも無~い!

状況が飛んでも無い最悪な状況になり

これ又、効をそうする状況に変化して

色々な不思議な状況に身を置くことになるんだ。


その辺は次回。。。ガハハ(笑)