僕が生前、遺品整理屋な理由 No. 8

これは、過去に僕が書いていたブログを転送してます。↓↓


彼は死の宣告を受けた。

今、生前に考えて置くことのノウハウの情報が溢れているが、
当時の私達には、知るよしが無かった。

又、僕も頑張ろうとも言えなかった。
返って来る言葉が解っていたからです。
こんな風に笑いながら「もう、すげぇ~。頑張ってるちゅーの(笑)」と

彼は月2回病院で、抗がん剤治療を受けていました。
抗がん剤を打った後、体調が問題なければ、自宅に帰り
抗がん剤の副作用を2日間自宅で耐える。

仕事はたまに、顔出して帰り、又自宅療養する感じでした。
私の事はこの後に書きたいと思います。
彼は武蔵野市の地元、私は、既に横浜で仕事をしていました。
当時は、毎日この間を往復していました。

私は彼に、やり残したくない事はあるか?と2度程聞いたことがあります。
1度目は「キャバクラ行きたい」「何とかパブ行きたい」ここには
書けない様な事でした(笑)

そんな中でも、昔の友人に逢いたいと、2人で逢いに行くと
決まって、私に俺が死ぬ事、言うなと言われてました。
だから、私は何時も微妙に懐かしさを満喫できませんでした。

2度目は、もう彼が体力的にも限界近い状態で、自宅よりも
病院に入院している時間が長くなり出した頃でした。
調子はどう?大丈夫?や今日は良さそうだね。何て
言えなくなっている状況です。
良いわけ無いだろー。誰が見ても、
「やり残したくない事ある?」と聞くと
渇いた唇を動かし、彼は「1つだけ。。もう。絶対叶わない事」

僕「何?」「解らないよ。叶う可能性が有るかもしれないよ」
友人「シッシシ(笑)」
僕「何よ」
友人「お前と。。会社大きくしたかった。周りを。お前と。。見返したかった。。」
僕「。。。。。。。泣く。。。」
友人「もう。俺は無理だ。」「死んでも見てるからな??」
僕「後どれくらい」
友人「わかんねぇ~よ(笑)でも、近いイッシッシ(笑)」
僕「でも、自信が無い。。。ごめん」
友人「馬鹿じゃねぇお前。安心しろちゃんと見てる」
友人「わかんねぇ~けど」
僕「どういう事?」
友人「俺も死んだらどうなるか、わかんねぇ~もん(笑)」
友人「産まれ変わると、年齢的に追い付かないから、ぜってぇ、みてる」
僕「俺が死ぬまで、そっちでまってて」
友人「解った」「又、逢おう❗」
僕、友人「。。。。。。。。」

目が霞んできた